原題『Die Wannseekonferenz(ヴァンゼー会議)』
2022年・ドイツ
この映画については原題がそのままあらすじとなる。1942年1月20日、ナチ政権下ドイツにおいて、ユダヤ人問題の「最終的解決(die Endlösung der Judenfrage)」のために15名のナチ高官が参加した「ヴァンゼー会議」の様子を、実際の議事録に基づき、再現しようとしたのがこの映画である。
本編自体に劇的な展開はなく、高官たちがドイツ領内のユダヤ人にどう対処するかを話し合うの様子ばかりが淡々と描かれる。
この会議には、ベーメン・メーレン保護領(チェコ)統治にも関与するナチ親衛隊(以下SS)大将のラインハルト・ハイドリヒを中心に、関係省庁の官僚や、ポーランドをはじめとする東部占領地域の統治に関与する人々、SSのユダヤ人殺害の実働部隊である行動部隊(Einsatzgruppen)の関係者などが参加しており、彼らはそれぞれの利害を調整しながら、やり場を失ったユダヤ人の問題をどのように解決するか、互いの腹の内を探り合い、場の空気を読みながら検討していく。
本作品で特に目を引いたのが、SS中佐のアドルフ・アイヒマンと内務省次官のヴィルヘルム・シュトゥッカートである。この2人はあの会議の中でも特にロジカルで、所謂「エビデンス」を重視して論を展開していたのが印象的だった。
「悪の凡庸さ」を象徴する人物として有名なアイヒマンだが、この会議における彼は、仕事のできる中間管理職として描かれている。
自分の上司であるハイドリヒを数値や図といったデータで的確にサポートしつつ、部下の労務環境への気配りも忘れない。実際にチームにいたらとても助かるだろう男なのだ。ただ、彼はモラルが欠如しており*1、「効率的」すぎるユダヤ人移送計画はあまりにも隙がなく、淡々と開陳されるがゆえに非常に恐ろしく感じられた。
シュトゥッカートは、ユダヤ人の権利を制限した1935年のニュルンベルク諸法の制定に関わった法律家でもあり、現行法(ニュルンベルク諸法)に基づいて反論を加える立ち回りをしていた。彼は特に「最終的解決の対象となるユダヤ人の規定」に関して厳しく追求する。
ニュルンベルク法では、信仰ではなく血統に基づいてユダヤ人を規定しており、ユダヤ人は以下のように規定された*2。
- 完全ユダヤ人
- 第1級混血
- 祖父母のうち2人がユダヤ教共同体に属している かつ 完全ユダヤ人の定義のいずれにも該当しない
- 第2級混血
この会議の中で最終的解決の対象としようとしたのは上記全てのユダヤ人であったが、シュトゥッカートは「完全ユダヤ人」以外は法的にドイツ人であるとし、全てを対象とするのは法の規定に反するとして認めない立場を取った。反論するとき、シュトゥッカートは「ユダヤ人とドイツ人の間の子どもはどうなるのか」など、想定されるあらゆるパターンを列挙していたが、その論調は、システムの要件を詰める時のシステムエンジニアのようだった。
この会議自体はユダヤ人迫害にまつわる諸問題の解決を目指して開催されたものではあるが、組織間でプロジェクトの分担をどうするのか、法令遵守(コンプライアンス)できているか、経済的な損失(コスト)はどの程度になるかなど、懸念点として挙がるのは今日の企画会議でも一般的なものであるように思った。
最近ナチ映画を見るたびに、ジークムント・バウマンの『近代とホロコースト』を反芻している。彼はホロコーストについて、道徳の欠如した官僚的手続きと近代の合理主義に基づいて実行されたジェノサイドであると論じた。アイヒマンやシュトゥッカートのロジカルさに既視感を覚えながら、自分たちの社会も、思っている以上に簡単にモラルを手放すのだ(もしくはもう手放しつつあるかもしれない)ということを考えてしまった。
映画としては、議論の内容に関して観客へのフォローが手厚いとは言えないので、彼らの話についていくためには、ドイツ近現代史の知識がそれなりに必要になると感じた。また、会議の様子が淡々と描かれるばかりなので、興味が無い人にはとことんつまらない映画だろう。映画を見るというよりは、リモート会議に出席するくらいの気持ちで挑むのも悪くないのかもしれない。
余談・雑感
- 鑑賞した時間がかなり遅く、飲酒もしていたために終盤は睡魔との戦いだった。
- まだ参加して日の浅いプロジェクトのミーティングに出席した時の気持ちで映画館を後にすることになった。 そういう意味でもリアルな映画だった。
- 細かい説明はできる限り省略して、イベント自体をリアルに描くことで観客をシチュエーションの中に放り込む映画という点では、『うたの☆プリンスさまっ♪マジLOVEスターリッシュツアーズ』や、『THE FIRST SLAM DUNK』と同種の映画であるとも感じた。ただ、娯楽作ではなくノンフィクションでこれをやるのは相当ユニークかもしれない。